私たちの信仰スタッフ紹介教会へのアクセス教会の沿革

私たちの教会の沿革です

駆け出しの時代(1972〜1979)

1972年、カナダ人宣教師、リンダ・アイザック師が、当時生駒聖書学院の学生であった故村山耕太郎兄らと近鉄郡山駅前で開拓伝道を開始。当時の教会名は大和郡山キリスト福音教会。1974年、耕太郎師が牧師の任を引き継ぐ(任1974〜2003)。1977年、アイザック師帰国。1978年に教会名を大和福音教会に変更。

新しい教会堂(1979〜1985)

現在の地(大和郡山市城町)で伝道開始。

TCC教団の一員に(1986)

1986年にトータル・クリスチャン・チャーチ・グループに加入。教会名をトータル・クリスチャン・チャーチ(TCC)奈良教会に変更。

用いられる耕太郎師の働き(1986〜2003)

耕太郎師の働きが更に用いられるようになる。1990年代には、耕太郎師が宣教活動でアルゼンチン、極東ロシア、フィリピン、マレーシアに遣わされる。1990年代後半以降、クリスチャン・インターナショナル・アジアとのつながりの中で、耕太郎師が預言的働きの中に各地で用いられるようになる。

村山 和子師の働き(2003〜2006)

2003年4月、耕太郎師が突然天に召され、和子師が主任牧師に就任。2004年7月には、米国ベタニヤ・ミッションよりR・カール・カックス宣教師夫妻を協力宣教師として受け入れる。

村山 直樹師がミニストリーに(2006〜)

7月、教会名を「郡山きぼうチャペル」に変更。8月、和子師の辞任の後を受けて、直樹師が代表代行となる。12月、直樹師が森谷勉師(大阪シオン教会)、西田国雄師(TCC福岡ハーベストチャーチ)、濱本聖一師(TCC京阪グレースチャペル)の按手礼で牧師に叙任される。


 

故村山耕太郎師について


当教会の実質的な創立者である村山耕太郎師(1950〜2003)についてご紹介します。

略歴

  • 1950年、佐賀県鳥栖市生
  • 1970年、国立久留米工業高等専門学校工業化学科卒。日本新薬株式会社入社。
  • 1974年、生駒聖書学院卒。和子夫人と結婚(後に3人の子どもに恵まれる)。大和郡山キリスト福音教会でカナダ人宣教師アイザック師と共に開拓伝道に従事。
  • 1979年、現教会堂を建設。
  • 1986年、トータル・クリスチャン・チャーチ教団に加入。同教団牧師。
  • 1992年、ロシア・ウラジオストック宣教旅行
  • 1995年、フィリピン・マニラ宣教旅行
  • 1997年、クリスチャン・インターナショナル・アジア認定ミニスター
  • 2003年、召天

著作(出版されたもの)

翻訳、ケネス・E・ヘーゲン著『信じる者の権威(Kenneth E Hagan, "The Authority of Believers")』、1995年

著作(当教会のウェブ上で公開されていたもの)

師は生前ウェブ上で、キリスト教の学び、聖書の学び、随筆などを執筆、公開しておられました。それらの著作についてはこちらからご覧になれます。

働きの特色

師の温かい人格はキリストの愛を表しており、多くの人々が師を通してキリストの愛を知り、キリストの語り掛けを受けました。留学、海外在住経験が無いにもかかわらず英語に堪能で、英語通訳として多くの教会で用いられ、諸外国のキリスト教教役者との親交がありました。預言的な賜物を与えられており、預言者としての働きもありました。